~ Fantasia ~

花より男子の二次小説サイトです

カテゴリ: faint Love

三年前、そんなことがあったなんて...
話を聞いている間、私は何度も息を呑んだ。

「牧野、悪かった..」

あいつの真剣な眼差し、でも私は気が抜て言葉が出てこない。

「藤堂会長、俺は約束は守った、文句はねぇだろう?」
「む....」
「お父様、約束ってどういうこと?」
「いや...司君、三年間、美咲とはそれなりの付き合いをしてきたじゃないか、君だって美咲のことを気に入ってたはずた、そうだろう?」
「気に入ってただと?笑わせるな、確かに昔の俺なら気に入らない奴が傍の寄ろうものなら、速攻ぶんなぐっていたがな。」
「じゃあ、なぜ今まで美咲と交際していたんだね?」
「はぁ?ジジィ、ボケてんのか?そう言う条件を付けてきたのはてめぇとババァだろうが!俺は我慢してきただけだ!」
「しかし.....」
「藤堂会長、私から説明いたしますわ。」

焦りからか、藤堂会長は額の汗を何度も拭っていた。
美咲さんは口もきけないほど動揺している。

私は.....頭の中は混乱したままだけど、ここまでの話で、なんとなく分かってきた。
おそらく三年前、道明寺は私との仲を認てもらうために取引をしたのだろう。

「三年間、彼女と一切の連絡を絶ち仕事に集中すること、そして藤堂会長のお嬢様を傍に置くこと、それが司に提示した条件です。」
「俺は牧野以外との結婚なんて考えたこともねぇ、いや絶対無理だ、だがこのままじゃ牧野に余計な苦労かけちまう、だから条件を呑むしかなかった。」

「司さん、じゃあ彼女と結婚したいから私と付き合っていたの?」
美咲さんが動揺するのも無理はない、水面下で親同士がそんな約束をしていたなんて。
「勘違いするな、お前を傍に置くことは承諾したが付き合った覚えはねぇ、婚約者だとそっちが勝手に騒いでいただけだろう。」
「そんな...司さん....」

「美咲、すまない、だがお前なら司君もきっと気に入ると思ったんだ、こんな女よりお前の方が何十倍も魅力的じゃないか。」
「おい、てめぇ!牧野を”こんな女”呼ばわりすんじゃねぇ!!」
「美咲よりこの女の方が優れているとでも言うのか?!」
「当たり前だ!!牧野は俺が認めた唯一の女だ!!」
「こんなどこの馬の骨とも分からん女のどこが良くてワシの娘を蔑ろにする!!」
「てめぇぇ、それ以上牧野を侮辱したらぶっ殺すぞ!!」

「いい加減にして!!」

思わず叫んでいた。
三年前、道明寺から一方的に連絡を絶たれた理由は分かった。
嫌われた訳じゃない、他に好きな人が出来た訳でもない。
私達の未来のためだった、私の...ため?
でも、そう言われて「ああそうだったの、良かった」なんて納得できるほど、私はお気楽な性格じゃない。
結局は私は蚊帳の外、私の事なのに私の気持ちなんてこれっぽっちも考えてないじゃない。
今までどれだけ苦しんだか、どれほど眠れぬ夜を過ごしたか、どれほど涙を流したか.....なのに結果オーライなんておかしいじゃない。

考えれば考えるほどフツフツと怒りが沸き上がってくる。
当事者を無視して裏で画策して、未来のためですって?
今現在は大切じゃないってこと?
結局振り回されて悲しい思いをしたのは私と美咲さんだわ。

「司さん..ひどい..」

あんなに堂々として華やかだった彼女が、か弱く小さく見える。
彼女も道明寺を本気で好きだったはずだ。


「道明寺....あんた、ふざけんじゃないわよ!!」
力いっぱい道明寺のネクタイを引っ張った。
「くる..ぃ..お、おい牧野落ち着け。」
「はぁ?これが落ち着いていられる?!」
「仕方がなかったんだ。」
「仕方がない?!冗談じゃないわよ、私が一体どんな気持ちで....」
「だから悪かったって謝ってるだろう。」
「謝って済む問題か!!」

私だってこいつとの仲をすんなり認めてもらえるとは思っていなかった。
言われなくても分かってる、世界を股に掛ける大企業の跡取りと一般庶民の代表みたいな私では月と鼈、天と地ほどの差がある。
それこそエベレスト級の障害が立ちはだかるだろう。
それでも登れない山はない、どんな障害でも根性できっと乗り越えらる。
そうと思ってた、その覚悟もあった。
なのに私に苦労をさせたくないから?
別れてから、この三年の私の苦痛は何だったの?


「ありえないつぅーの!!」






















三年前.....

「司、話があります。」
「急に呼び出してなんだよ、俺は忙しいんだ、今から日本に」
「つべこべ言わずに、そこにお座りなさい。」
「チッ!」

ドカッとソファ―に座った俺の前には初めて見る顔があった。

「司君か?いやぁ、立派な青年になって、確か美咲とは一歳違いでしたな、いやいや頼もしい。」
「ジジィ、誰だ?」
「司、藤堂会長に失礼ですよ。」
「藤堂会長?」
藤堂商事のドンか、道明寺の足元にも及ばないが、最近急成長を続ける会社だ。
そのおやじがどうして?

「実は藤堂会長のお嬢様とあなたとの縁談の話があります。」
「ちょっと待て!!」
「美咲にはパーティーで何度か顔を合わせているだろう?あの子は司君を一目見て好きになってしまったらしく、夜も眠れないほど君に想い寄せているんだよ。」
「そんなの知ったことか、俺にはれっきとした....」
「ガールフレンドがいるとか、まあ若いうちは色々な女性と付き合うのもいいだろう、だが近い将来会社をしょって立つ君には条件の整った相手が必要だと思うがね。」
「俺は牧野以外考えられねぇ。」
「まきの..ガールフレンドの名前かな?さて、どこぞの令嬢か、聞いたことのない名前だが...」
「てめぇ、ぶっ飛ばすぞ!」
完全に頭に血が上った俺は、テーブルを蹴り倒す勢いで立ち上がった。
「司!」
「ババァ!こんなふざけた話をするために俺を呼んだのか!!」
「ふざけた話じゃないわ、これは提案よ、あなたにも悪い話じゃないはず、もちろん牧野さんにもね。」
「提案?笑わせるな、さっきから一方的に.」
「とにかく!座って話を聞きなさい。」
「話だと、俺と牧野を別れさせ、この狸ジジィの娘と政略結婚させようって話か?」
「私はまだ何も話していないわ。」
「結局、俺と牧野を別れさせるつもりだろう、そっちがその気なら今すぐあいつと籍を入れる!」
「司!」

「相手の話を聞く前に提案を断るとは、道明寺の後継者としてはどうかと思うがね。」
「なに?!」
この狸ジジィが....
一発殴ってやろうと拳を握り締めたその時、珍しくババァの溜息を耳にした。

「これで三年...もつかどうか...」
「三年?いったい何の話だ?」
「これだけは言っておくわ、あなたにとっても悪い話じゃない、知りたいのなら、まず落ち着くことね。」
悪い話じゃない?
牧野と別れさせて、俺に政略結婚させようって魂胆じゃねぇのか?

「言い方を変えましょう、司、これは賭けよ。」
「はぁ?今度は賭けだと?」
「この賭けにあなたが勝てば、あなた達の交際に反対はしないわ、好きになさい。」
「なに?」
「牧野さんとの将来を考えているなら、話を聞いた方が得じゃなくて?」
俺達の将来?
それは結婚にも反対しないってことか?
どういう風の吹き回しだ?
「どう、話を聞く気になったかしら?」
「...........ああ、話だけなら聞いてやる、くだらない話だったら速攻日本に飛んで牧野と籍入れるからな。」
「結構よ。」




背景1




「牧野と三年間、連絡を絶てだと?!」
「ええ、今この瞬間から、牧野さんとの接触を禁じます。」
「おい!話が違うじゃねぇか?!結局、俺達を別れさせる魂胆だろう?!」
「誰も別れろとは言っていないわ、連絡を絶てと言っているの、会うことはもちろん、電話やメールも駄目よ。」
「はあ?!それでどうやって付き合っていけって言うんだ?!」
「たかが三年よ、あなた達の気持ちが本物なら、それくらいの時間で気持ちが揺らいだりしないはずじゃなくて?」

ババァは昔から計算高い。

何の得にもならない話に時間を割いたりしねぇ。
やっぱり俺と牧野を別れさせる気なんだ。

「断る!!」
冗談じゃねぇ、ババァの想い通りになってたまるか!!
「その代わり、三年後はあなたの好きになさい、もし牧野さんと結婚したいと言うなら、私が全面的にバックアップしましょう。」
「?!」
「あなただって分かっているでしょう?道明寺の跡取りの結婚がどれほど重要視されているか、叔父や叔母、道明寺家親族、会社の重役、株主、そうそうたる面々の干渉は避けられない、あなたはいいでしょう、でも反対を押し切った形で結婚しても苦労するのは牧野さんなのよ。」

牧野との結婚...
そうだ、俺が結婚するなら牧野しかいねぇ。
誰が反対しようと、俺はあいつと結婚する!
「反対されていると知りながら彼女があなたのプロポーズを受けるかしら?もし結婚したとしても慣れない環境で苦労するでしょう、それに加えて親族からの冷遇、あなたは彼女にそんな苦労をさせるつもり?」
「....」
「この提案を受け入れるなら、私があなた達を助けましょう、親族や重役、株主や加えてマスコミから彼女を守ってあげるわ。」
「俺では牧野を守り切れねぇって言いたいのか?」
「ええ、正直”今のあなた”ではね。」

くそっ!


悔しいが反論出来ねぇ。
『牧野を守る』口では散々ほざいてきたが、実際守る方法なんて考えちゃいねぇ。
牧野を悪く言う奴は潰す、あいつを傷つけようとする奴は抹殺する、手を出したらぶっ殺す!
あいつは嫌がるだろうが当然SPも付ける、もしくは俺の傍に置いて四六時中目を光らせておくが...あいつが大人しく傍にいるか?
それに先陣を切って反対すると思ったババァが俺達の味方になる?

「どう、悪い条件ではないでしょう?」
「本当に俺と牧野の結婚に反対しねぇのか?」
「ええ、約束するわ。」

三年.....
俺の気持ちは変わらねぇ、自信はある。
牧野もきっと......いや自身はねぇ。
あいつの傍には類がいる。
それに牧野自身に自覚はないが、あいつには男を引き寄せるオーラがある。
特に俺のような負の因子を持った男には太陽の様に眩しく映る女だ。
あいつにその気がなくても、言い寄ってくる男はいるだろう。
だが三年耐えれば何の障害もなく牧野と結婚できる。


どうする....
俺の人生を懸けたて、この賭けに挑むか...


「司、どう?」


牧野.....

一番初めに目に入ったのは煌めくシャンデリア、そしてテーブルの上に灯された沢山の蝋燭。
私は眩しさに目を細めながら、ゆっくり視界を広げた。



背景2




見覚えのある顔、矢のように突き刺さる視線。
押し寄せる沈黙の波...

『怯むな』と自分に言い聞かせ、ゴクリと唾を呑み込んだ。


「佐々木、これはどういう事かしら?」
威圧感そのもの女帝の低い声を皮きりに舞台は再び動き出す。
「これはこれは、左近の警護官は服装もラフですな。」
すらすらと嫌味を口にする男は藤堂商事会長。
隣に座る夫人は『SPになどに興味ないわ』という様子でワインに手を伸ばしている。
そして、この場の主役であろう令嬢だけは正直だった。
「牧野さん、どうしてここに?」
驚いた表情で私を見つめる美咲さん。
真っ白なワンピースに身を包んだ彼女は、いつもの活発なイメージとは違い清楚で、それでいて凛とした美しさで、場を華やかにしている。

ここまでは慣れ.......いや想定内、修羅場を潜り抜けてきた私にとっては。
問題なのは、彼女の向かいに座る男だ。
昨日私を翻弄した男は、一瞬こっちに視線を向けたが、その後は自分の母親に向かって「チッ..」と舌打ちすると、目の前のグラスを一気に飲み干した。

ムカつく...

眠れず悶々と悩んでいた自分が馬鹿らしくなった、と同時に怒りが頭を鮮明にしていく。


「佐々木、ここがどういった場所か分かっているわね?」
「もちろんです、道明寺社長。」
「なら、どうしてこの場にその娘がいるのかしら?」
「牧野は私の部下です、部下の将来を左右するかもしれない場でもあります、当然彼女も立ち会うべきかと思いまして、勝手をさせていただきました。」


二人の会話。
この場の様子、空気、雰囲気....
おそらく道明寺と美咲さんの結婚の話が具体化する話し合いの場。

「そう....彼女に覚悟を決めてもらうには、いい機会かもしれないわね。」

私の覚悟.....
それは道明寺に未練を残すなってことだろう。
そんな事、言われなくても分かってる。
覚悟はとうの昔に出来ている。
道明寺が結婚したって狼狽えたりしない。
私は雑草のつくしだ。
どんな結末になっても前を向いて進んで行ける。


ただ.....
この男はどうだろう.....

私は道明寺の顔を見つめた。

今から結婚するって言うのに、その表情には幸せの欠片もない。
まるで宿敵を前にした闘士。
案の定、美咲さんは道明寺の顔を見られず、ずっと隣の父親に縋るような視線を向けている。

そうだ、この男はそんな男だ。
好き嫌いがはっきりしている。
さすがに仕事ではないだろうが、プライベートで嫌いな相手に媚を売ったりしない。


道明寺は美咲さんを愛していない......
なのに結婚しようと.......
会社のために?
楓社長の命令で?
この男が親の言いなりに?


おかしい.....
なんか変.....



「では道明寺社長、どうでしょう、式は来月の中旬に、長すぎる春もそろそろ終わりにしませんと、マスコミに要らぬ憶測を立てられかねませんからな、美咲もそれでいいな?」
「ええ、私は司さんが良ければいつでも構いません。」
「ははは、おまえは待ちきれんか?」
「お父様!!」
「照れるな照れるな、まあ婚約して三年だ、楓社長、これは早々に式の準備を始めねばいけませんな。」
「そうですね、私に異存はありませんが、司はどうなの?」



「............俺の気持ちは三年前から変わってねぇ。」
そう言って、私を見つめる道明寺。


ああ....
こいつは、こういう男だ。
正直で嘘が付けない......最強のバカだ。


「いやいやめでたい、これで道明寺家と藤堂家は姻戚関係ですな、楓社長、今後ともよろ..」
「待てよ、誰がこの女と結婚するって言った。」
「司さん?」


そして美咲さんは誰より感が鋭い。
おそらく私を警戒していたのも道明寺の気持ちを知っていたから。


「司君、どういう意味だね?」
藤堂会長の顔から笑が消えた。
「どうい意味もこういう意味も、いつ俺が結婚するって言った?いや、それ以前にいつ婚約した?俺はプロポーズした覚えなんかねぇぞ。」
「待って、司さん、だって私達....」
「おい、俺が好きって言ったか?いつ愛してる、結婚してくれって言った?」
「それは...でも私達は何度もキス..」
「ああ、あれか、勝手に人の唇奪いやがって、気色わりぃ...三年の約束だから我慢してきたが、藤堂会長、それとババァ、約束覚えてるよな?忘れたとは言わせねぇぞ。」
「約束...?お父様、約束って何のこと?」
「それは....いや私はてっきり司君もお前を...」

約束.....何のことだろう?
三年前って言ったら私達が別れた時期と一致する。

「私からお話するわ。」
「いや、俺から話す。」


三年前....
私と道明寺は別れた。
本当に急すぎて混乱した、受け入れられなかった。
そして、もやもやした気持ちを消化できず、ずっと胸の中に......


「三年前、俺はある選択を迫られた。」



道明寺は.....ずっと私の心の中にいた。














次の日、私は仕事を休んだ。

「すみません、体調が悪くて...」
見え過ぎた嘘だったけど、とにかく休みたい。
「はい、大丈夫です、迷惑かけてすみません。」
受話器を置いた後、何もする気が起きず、そのままベットに潜り込んだ。


疲れた...


身体も頭も心も....
ナイフに刺されたように痛い、毒を呑んだように苦しい、重石を背負ったように重い。

誰にも会いたくない、話したくない。
何も考えたくない。
眠りたい..
何も考えずに眠りたい....
一時でもいい、この痛みから解放されたい。


布団の中でじっと蹲り、どれくらいの時間が経っただろう
疲れているはずなのに眠気は一向に襲ってこない。
それどころか考えたくないことが次から次へと頭の中に浮かんでくる。


いっそのこと逃げ出してしまおうか。
遠くに引っ越して、誰も知らない場所で何もかも忘れて静かに暮らすのも悪くない。
それとも北陸の旅館で働いているパパとママの所に転がり込んじゃう?
親子三人で住み込みの中居も楽しそう。


「ははは、結局パパとママと六畳一間で雑魚寝だね..はは..なんか懐かしいな..やだ.なんで...」



笑いたいのに、勝手に涙が溢れ出てくる。


「可笑しいのに何で涙が出ちゃうの....」


分かってる、分かってるの。
懐かしいのは、あいつとの思い出。
思い出すのは、いつだってあいつのこと.....
あまりにも強烈すぎて、何もかも忘れるなんて出来やしない....


トン、トン.....
「つくし、いるの?」


薫さんの声?
「は、はい!」
きっと心配して様子を見に来てくれたんだ。
「え?いま、何時?」
重い体を起こし辺りを見渡せば、オレンジ色の光が部屋を包んでいる。
結局、私は朝から丸一日ベットに潜り込んでいたらしい。




背景264




「酷い顔ね。」
「ははは、ですよね。」
「まあ、体調というより心が痛いって症状かしら。」
「....すみません。」
「どうせグダグダと考え込んでたんでしょう?」
「.......はい。」
薫さんにはお見通しだ。
「まあ予想道理ね、さ、起きて付いて来なさい。」
「えっ?」
「ほら、ボヤボヤしない。」
「あ、はい。」


急いでその場にあったカットソーとジーンズに着替え、薫さんの後に付いてタクシーに乗り込んだ。


「あの...どこに行くんですか?」
「まあ、漢方医も考えたけど、つくしの場合は最新医療の方がいいと思って。」
「まさか病院に?あたしなら大丈夫です、その...ただ身体が怠いって言うか、重いと言うか..とにかく病院に行くほどじゃないですから。」
「仕事を休むほど悪いんでしょう?」
「いえ、だから、それは.....」

まさか元彼に会いたくないから休みましたとも言えない。
それこそプロとしての意識が足りないと言われそうだ。


「病院には連れて行くつもりはないから心配しないで。」
「え、でも今、最新医療って?」
「ああ、それは民間療法のね。」
「民間療法?」
「そう、私的には荒療治って感じ?」
「はあ?」
「まあ、黙って付いて来なさい。」


タクシーが止まった先は、まさかのメープル東京。


「なんで...」


目の前には巨大なガラス扉。
超豪華なホテルには不釣り合いな自分の姿がガラスに映っている。

「なにボケっとしてるの、行くわよ。」
「え、か...薫さん、どうして....」
エントランスのふかふかな絨毯に足を取られそうになりながら、薫さんの後を追いかけた。
でも彼女は背中を向けたままスタスタと歩いて行く。
「薫さん!」
思わず大声を上げると。
「黙って付いて来なさい。」
「でも...」
「上司命令よ。」
「....はい。」
いったいどこに行くつもりなんだろう....と考えながら乗り込んだエレベーター。
そしてエレベーターが向かった先は、国内外の有名レストランを誘致したレストラン階。
薫さんに付いて行った先にあるのは、一生に一度は食べてみたいと思っていたミシュラン三ッ星レストラン。
入口に立っている田中先輩が驚いた顔で私を見ていた。

「牧野、大丈夫なのか?」
「え、あ...はい、大丈夫です。」
「大丈夫って、おまえ...」

驚くのも無理はない、有休を取って休んだ後輩はノーメイクにボサボサ頭、カットソーにジーンズと、この場所には余りに不釣り合いな格好だ。

「もう、始まっているの?」
「あ、はい、30分程前に楓社長と支社長が到着されました。」
「そう、いよいよね。」

何が始まるのだろう?
それに入り口には見慣れない警護官の姿もあった。
凝視している私に田中先輩が現実を突きつけてくる。

「ああ、藤堂の警護官だ。」

ああ....そう言う事か。
荒療治の意味がやっと分かった。
きっとこの中では道明寺と美咲さんの結婚式の話が進められている。
薫さんは私に気持ちの整理を付けさせようとここに連れて来たんだ。

「さあ、つくし、行きましょう。」
「え、薫さん、いえ副社長、行くって、どこにですか?」
「決まてるでしょう、決戦場よ。」
「はあ?決戦って..あの、でも....」
「つべこべ言わないで付いて来なさい。」
「わっ、ええ?!」


田中先輩や他の警護官が呆然としている前で、半ば強引に私の手を掴み歩き出した薫さん。
こんな高級レストランに庶民丸出しの私が入れば、店の従業員や客の視線は...

「え、誰もいない?」
「そうよ、今日は道明寺が貸し切ってるわ。」

世界に名だたる高級レストランを貸切る男、一方はカットソーとジーンズで庶民丸出しの女。
これがあいつと私の差。
そう、初めから分かっていたんだ。

いつか終わりのくる恋だって.....


誰もない店内を進んで行くと、一番奥の重厚な扉の前に立った。
きっとこの中にはあいつがいる。
そして、あの綺麗な人も...

ああ、この場面にも覚えがある。
あの時は滋さんだった。
楓社長の策略で私は現実を思い知らされた。
おそらく、今度もまた.....

結局、あいつと私は結ばれない運命。
一時の淡い恋だった。


「つくし、心の準備はいい?」
「あ、はい、大丈夫です。」
「あら、なんか吹っ切れたって顔ね。」
「はい、吹っ切れたというか、初めから分かっていたことなので、今更て感じです....」
「まさか、知ってたの?」
「はい、お恥ずかしいですが、今ようやく分かりました。」
「そうなの?サプライズだと思って張り切ってたのに。」
「ははは、すみません。」
「なんだ、つまらないわね。」

溜息をつきながら本当につまらなそう顔で扉を開ける薫さん。
私は覚悟を決めて、その扉が開く先をジッと見つめていた。


ん?サプライズって....何が?




























あいつと結婚するつもりなのか? 


「あ、あんた、何言ってんの?」
「答えろ!!」
「きゃあ!」

そう、あの時もそうだった。
こいつの耳に私の言葉なんて届いていない。
こいつの頭の中は怒りでいっぱいで...後で気付いた、それは花沢類に対する嫉妬だったと。
でも、今のこいつの怒りが何なのか.....それが全然分からない。

「結婚って....結婚するのはあんたでしょう?」
「なに?!」
「だから、なに怒ってるか知らないけど、あんたが結婚するんでしょう?ああ、おめでとうって言って欲しいわけ?」
「何の話だ?」
「楓社長の帰国も結婚に向けての準備ためだって、それに美咲さんはマンションを探してたし、支社長就任で将来の基盤もできた、良かったじゃない順調で。」
「てめぇ、本気で言ってんのか?!」
「本気も嘘もない、私はもうあんたとは関係ない人間なんだから。」
「ふざけんな!!」
「ふざけてるのはあんたでしょう!こんなことして何の意味があるの?!」
「おまえ....本心か?本気で俺が他の女と結婚してもいいと思ってんのか?」
「ええ....」

だめ...泣いちゃだめ、こいつに泣き顔なんて見せちゃダメ...何も持ってない私だけど、女としてのプライドは捨てたくない。

こいつは心変わりした、捨てられたのは私。
何の説明もなく突然連絡を絶たれたのは私。
分かってる、心から愛し合った恋人同士でも別れることはあるよ。
でもね、私は信じられなかった、私達に限ってそれはないと思っていたから。
こんな風に現実を突きつけられた今でさえ、それでもこいつを信じたい自分が嫌。

滑稽だよね....

だから、これで終わりにする。
こいつへの気持ちは、今この瞬間から忘れる。
平気なフリじゃなくて平気になるの。
じゃないと前に進めないじゃない。
せめて、こいつの前では堂々としていたいから。

私は涙を必死に堪えて、あいつの顔を見つめた。

「もうやめよう、こんな話は....」


ガタン.....


急に身体揺れ、救いの手が差し伸べられるようにエレベーターが動き出した。


「動いた....」

ホッとしたのも束の間、壁から離れようとした私の腕を道明寺が掴み、再び壁に押し付けられる。

「なにす..?!」

突然真っ暗になった視界...気が付けば....
口が塞がれていた。
一瞬意識が飛んだ...が...

キス........?!

「んんっ....んん?!」



身体を動かそうとしたが、壁に両手をガッチリ押し付けられ身動きが取れない。
足を動かそうとしても、あいつの太腿に痛いほど挟まれている。
攻撃する相手を押さえ付ける術は死ぬほど訓練してきた。
なのに抵抗さえ出来ず、徐々に深くなってくる口づけに頭の中が真っ白になり、立っている事さえままならない。

「ど...どう...みょう...じ..やめ.......」

動けない身体の代わりに涙が頬を伝う。

なぜ...
なぜこんなことするの....?
どうして...?
どうして..?



角度を変えながら何度も唇を奪われ、やがてゆっくり唇を離したあいつの顔は、どこか切なげで苦しそうだった。
額と額がくっついた状態で、私達の息は上がっていたけど、あいつは私の耳元に顔を寄せ。

「はぁ、はぁ、はぁ.....」
「俺は謝らねぇからな。」

からかってる?
捨てた女をからかって楽しんでるわけ?
酷い、酷すぎる......


支えを失った私の身体は、そのままズルズルと床に崩れ落ちていった。




背景263





「おい、牧野!」
「.....えっ?」


名前を呼ばれ、ハッとして顔を上げれば、いつの間にかエレベーターの扉が開き、聞こえてくるのはロビーの喧騒、そして心配そうに私の顔を覗き込む田中先輩。



「エレベーターのトラブルだったらしいな、驚いたのか?」
「あ、えっと.....少しだけ。」
「まさか閉所恐怖症か?」
「え?い、いいえ、違います、ただ......ちょっと・」
「牧野、なにしてる?!さっさと来い!!」

あいつは何事もなかったように私を怒鳴りつけている。
まさか.....夢?
ううん、違う、夢じゃない......感触が残ってる......あいつの唇の感触が....まだ....


「牧野!!」
「は....はい!何でもありませんから先輩、じゃあ。」



なんとか立ち上がってはみたが、頭の中はぐるぐるで、気を抜けば転んでしまいそうだった。
倒れそうな身体を何とか支え、走り出そうとした足が再び動かなくなる。



「美咲さん..?」
「牧野さん.......」


目の前に立つ綺麗な人。
明らかに驚いた顔をしていた。
そうだろう、とっくに道明寺の傍にはいないと思っていたはずだから。


「牧野!!」
「は....はい。」


軽く会釈をし彼女の脇を走り抜けようとした時、微かに聞こえてきた声に再び体が凍り付いた。


『信じていたのに....』



それでも平気な振りをしなくちゃいけない、あいつの前では。

負けたくないから......誰に?
泣きたくないから.....なぜ?


地獄だ.......


もう放っておいて...
誰も私に構わないで.....

何も見たくない..
何も聞きたくない..
何も考えたくない..


もう、なにも.....










↑このページのトップヘ