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「おはようございます、本日の支社長のスケジュールは........」


斎藤課長が読み上げる道明寺の予定を頭の中に叩き込む。
それが私達SPの一日の仕事の始まり。


「今日は荒木さんが支社長付きの護衛ですね?」
「はい、よろしくお願いします。」
意気揚々と返事を返す荒木先輩。
「雑誌の取材の予定が何件か入っています、女性誌もありますので、対応には十分注意してください。」
「分かりました。」
雑誌の取材の託けて道明寺に近付こうとする女性が多いと聞かされていた。
男性のSPが間に入ると、セクハラだの痴漢だのと騒がれることもあるらしい。
女性SPが必要だとされる理由だった。


「牧野さん?」
「あ、はい。」
「どうしたの、ボーっとしてたわよ。」
私の顔を覗き込んできた荒木先輩。
「ははは、ちょっと寝不足で..」
「昨日の初日、緊張しすぎた?」
「ええ、まあ...」
「ふふふ、あの道明寺司の傍にいれば緊張するなって方が無理よね、かく言う私も少し緊張してるの。」
「荒木先輩でも?」
「そりゃあそうでしょう?あの道明寺司よ。」

私から見れば「あんな道明寺司」なんですけど....なんて死んでも言えない。

「ねえ、化粧変じゃない?」
「はあ...変じゃないですけど...」

と答えてはみたものの、さっきから気になっていたのは確かで....

「あの先輩、少しお化粧を落としたほうが....いいかなって...」
「えっ?!おかしい?!」
慌てて辺りを見渡す荒木先輩。
「いいえ、変じゃないです、むしろ凄く綺麗です。」
「あら。」
頬を染める彼女を見て、言い方を誤ったと思ったがあとの祭り。
「あの道明寺司の傍に立つなら、少しでも見栄え良くしなくちゃっと思って、今日は気合を入れてメイクしたのよ。」
「はあ...」
昔のあいつは化粧の濃い女性を毛嫌いしてた。

『化粧と香水の混じった匂いは最悪だぞ、まったく俺を殺す気かって。』
って、どこかの令嬢を凶悪犯扱い。
私が心配することじゃないって分かっているけど、あいつの性格を考えたら心配になってくる。

「じゃあ、行ってくるわね。」
「はい.....」

美咲さんって言う婚約者の彼女もきっちりメイクだった。
もう昔のあいつじゃない。
きっと大丈夫。

「うん、気にしない気にしない。」






気になって仕方がねぇ.....

『田中は牧野様の同僚で、司様のSPの一人です、二人は昨夜は遅くまで武闘場で訓練をされていたようです。』

西田にバレねぇように、牧野の様子を探れと斎藤に頼んだが、あいつの傍に男がいると知っただけで頭に血が上る、イライラが収まらねぇ。

「司様。」
「なんだ?!」
「......大分お疲れのようですね、お休みになれるようスケジュールの調整をしますか?」
「はぁ?!てめぇ、ふざけてんのか、西田?!」
「いえ、至って真面目に窺っています。」
司の怒声に怯まない銀縁メガネの秘書は、すでにスケジュール帳を広げてた。
「こんだけ働かせておいて休める?!なら、始めっから休ませろ!」
「これだけ働いたので、多少の休憩は可能だと申し上げているのです。」
「......食えねぇ奴だな、お前は、休憩はいい、さがれ。」
「はい。」


「失礼します。」
西田と入れ替わりに入って来た女。
黒のスーツが視界に入り、司は書類から顔を上げた。

「道明寺支社長、本日、お傍で警護を務めます荒木です。」


あいつじゃねぇ......


違うと分かった途端に再び襲いかかる焦燥感。
そして鼻に付く匂い。




ガッシャ――――ン!!




「え、なんだ?!」
「何事だ?!」
突然聞こえてきた破壊音、扉の前に立っていたSP達が動く。
「失礼します。」
斎藤課長が扉に手を掛けた。

嫌な予感がする....
まさか...
まさか....


大きな窓から差し込む太陽の光を背に立つ長身の男。
怖いほどの美貌、モデルの様なスタイル、鷹のような鋭い目。

目の前には怯えた女性がひとり。

「荒木先輩?!」
SPの仕事がどうの、支社長がどうのなんて考えは頭から消えていた。
一目散に荒木先輩に駆け寄る。
「荒木先輩、大丈夫ですか?!」
「ま、牧野さん...」
床に座り込んだ彼女が震えているのに気付いた時、私はそこが何処なのか、誰が居るかなんてすっかり忘れて、自分達を180㎝の高さから見下ろしている男を睨んだ。

「西田!化粧臭い女を近づけんじゃねぇ!!」

「道明寺!!」


あ.......


「え・?」
「な..?!」
「まきの....さん?」


やば......つい...


恐る恐る周りを見渡す。
ポカンと口を開けた荒木先輩、大きく目を見開いたまま立ち尽くす田中先輩。
荒木先輩に手を差し伸べる斎藤課長、銀縁のメガネの縁を上げて溜息をもらす西田さん。
そして、あいつが笑ったように見えたのは気のせい?


「あたし、道明寺支社長.....って言いました......よね?」
我ながら苦しい言い訳。

時計の針が止まった、そしてまた動き出す。
そんな間合いで、再び時間を動かす敏腕秘書。

「牧野さん。」
「あ、はい。」
「本日も支社長付きの警護をお願いできますか?」
「え....?」
真っ青な顔の荒木先輩に道明寺の警護は酷だろう。
かといって女性は私と荒木先輩だけ。
今日はあいつと離れていられると思ったのに....
「はい.....分かりました。」
「では、お願いします。」

仕方がないと大きく溜息をつき、部屋を出ようとしたが。

「では、我々は失礼します。」
そう言って、部屋を出て行こうとする斎藤課長と田中先輩。

「牧野さん、どこへ?」
「はい?どこへって....外に。」
そう言って、扉の外を指差す私。
「もう少しで雑誌に取材が始まります、牧野さんはこのまま部屋で待機していてください。」
「へ?」
「では、支社長。」
「ああ...」
「あ、それから牧野さん、薬箱がテーブルの上にありますので、よろしくお願いします。」
「へ?」
なに?薬箱?


「はい?へ?ってお前、さっきから間抜けだぞ。」

ニヤニヤしているあいつ。




銀縁メガネの敏腕秘書も部屋から去り、あいつの執務室に二人っきり....って....



うそ―――?!