私の勤める会社の本社はアメリカにある。
日本にもたくさんの警備会社があるが、警護人に本格的な教育を課す会社は皆無だ。
その点、私が就職先に選んだ会社は実戦に就くまでには最低でも二年の訓練を積む。
武術はもちろん、語学や機械操作、極めつけは爆弾処理の基本までびっしりカリキュラムに組み込まれる。
当然脱落者も多い、最後まで残る人間は半数にも満たないのだ。
それゆえ業界一の信頼を誇っている。

私は大学の経済学部を卒業した。
周りからは普通の会社に就職して、ごく普通のOL生活を送るものだと思われていただろう。
まあ自分でもそう思っていたけど.....就職活動は暗礁に乗り上げてしまった。
結構有名な国立大学卒、成績も上位、教授の推薦もある。
だけど納得できる就職先は見付からない。
あの日も、会社の面接に手ごたえを感じないままボーっと私バス停でバスを待っていた。

『きゃぁぁぁ、ど、泥棒!!』

女性の叫び声にハッと顔を上げる。
すると、地面に尻餅をついた若い女性と自転車にまたがる男の姿が見えた。
男の手には女性物のバックがあり、倒れた女性はしきりにそのバックを指差し叫んでいる。
一瞬でスリだと分かり、気付けば私は自転車の前方に立ちはだかっていた。
『どけ!!』
スリの男が叫ぶ。
『フッ・・』
私は鼻で笑った。
そして次の瞬間、得意の回し蹴りで自転車を蹴り倒し、男を地面に叩き伏せていた。
ああ.....パンツスーツでよかった。
『は、離せ!!』
『離すか!!』
大勢の人が見守る中、男と格闘すること数分、一人の女性がスリ捕獲劇にピリュードを打つ。
『大人しくしなさい!!』
そう叫び、男のみぞおちに一撃を食らわせたショートカットの美人。
その女性は慣れた手つきで気を失った男の両手を縛り、満面の笑みで私に視線を向ける。
何故だか急に恥ずかしくなった私は慌てて口を開いた。
『あ、ありがとうございます。』
『ううん、あなたこそ大丈夫?』
『はい、平気です。』
つくしは立ち上がりスーツの埃を払う、そして落ちたカバンを拾い上げた。
『あ...携帯。』
ベンチの前に落ちた携帯電話。
拾い上げると、つくしはガラス表面を指で触れた。
『あ、割れちゃたんですね、すみません、弁償させてください。』
その女性の言葉に、つくしは首を横に振った。

「気にしないで下さい、古い携帯で、そろそろ買い替えようと思ってたとこなんです。」


嘘じゃない。
本当に携帯は捨てるつもりだった。
鳴らない携帯なんて持ってても意味がない。

そう、この携帯はあいつ専用。
あいつが渡米前に私に残していったものだ。
それが鳴らなくなったのは、いつ頃からだろう。
壊れてスッキリした、むしろお礼を言いたいくらいだった。

「じゃあ、あたしはこれで。」

そう言って立ち去ろうとした時だった。

「ねえ、あなた警護人になる気はない?」

芸能事務所のスカウト張りに名刺を差し出され、目を丸くした私。
そんな私の様子を気にする素振りもなく、威勢の良い声が響いた。

「あなたの身のこなしは素晴らしいわ、警護人、まあ世間一般で言えばSPね、分かるでしょう?その仕事にぴったり、でも心配しないで、私達は警察の組織じゃないから資格はいらないの。民間の警備会社、でもセ〇ムやア〇〇ックとはまた違うのよ、勘違いしないでね、いわゆる政府関係者以外の要人の警護専門の会社。分かる?それから私の会社の本部はアメリカにあってね、訓練は本格的よ、それなりに厳しいから脱落者も多いわ、あ、あなたの名前聞いていい?」

道端で延々と長い説明をされた。
ただただ茫然と聞いていた私だったが、心の憂さが晴れたような気がしたのは、意気揚々と話し続けるこの女性の勢いに押されたせいだろうか。
なんかピンときた。
就活では感じなかったワクワク感?

そうだ、衝動的に動くのは良くないけど、たまには直感で決めてしまうのもいいかもしれない。
そう思い立った私は信じられない言葉を口にしていた。


「ぜひ詳しい話を聞かせてください。」