~ Fantasia ~

花より男子の二次小説サイトです

2020年11月

「これから配属先への辞令を渡す。新人の君達はまず各チームのチーフの下について仕事を覚える様に。訓練中何度も聞いたと思うが、警護対象者の安全確保とプライベート面を含めた秘密厳守、これだけは忘れないでもらいたい。」

「はい!!」

フロアーに集まった二十人ほどの新人SP。
日本支部所長の説明を聞いた私達はこれから配属先に振り分けられる。
誰がどの要人に付くのか、東京なのか地方なのか、男性か女性か、不安がはあったが、それ以上に期待の方が大きかった。
誰かにとって大切な人を護る。
それは財界人、芸能人、スポーツ選手?もしかしたら宝くじの高額当選者かもしれない。
どこの誰だろうと最善を尽くすだけ。

「はい、牧野さん、頑張ってね。」
「はい、頑張ります、佐々木副所長!!」

私をこの道に誘ってくれた女性、佐々木薫日本支部副所長。
彼女から辞令を受け取った私はドキドキしながら書類を開いた。


へっ?


「辞令を受け取った者は外で待機しているチーム長に付いてそれぞれの部署に向かってくれ、以上、解散!!」


うそ......?



「えええ―――?!」






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「佐々木副所長、どうして私の配属先がここなんですか?!」
「佐々木でいいわよ、牧ちゃん。」
「はい...じゃなくて、どうしてですか?!」
「まあ、落ち着いて、まず座りなさい。」
もうフロアーには誰も残っていない。
皆、それぞれの部署に散っていった。
「どうしてって言われても、依頼主の条件にあったSPがあなたしかいなかったのよ。」
「それって変じゃありませんか?!」
「変?どうして?相手は日本きっての大会社よ、いいえ世界でも10本の指に入るくらいの企業、その会社からの依頼に何が不満なの?」
「だから絶対おかしいですって、あそこには特殊部隊並みのSPがいるんですよ?」
「あら、ずいぶん詳しいのね。」
「あ...と、だから噂で色々と....そんなことはどうでもいいんです!どうしてわたしが..」
「牧野さん!」
それまで笑顔で話していた女性が急に真剣な表情になった。
「確かにあの会社には優秀なSPがいる、でもずっとアメリカにいたから日本に土地勘がないの、それって守る側にしたら不安材料になるでしょう?それに激務続きで女性のSPは皆辞めてしまったらしいわ、でも時と場合によっては女性SPが必要なこともあなたにも分かるわよね?知っての通り日本でも女性SPは数人、ましてや英語が堪能な人となると......あなたには大変な思いをさせてしまうかもしれない、それでもあなたにお願いするしかないの、いいえ、これは業務命令よ。」

「う.......」

言葉を失った。
業務命令、この言葉を出されてしまっては、余ほどの理由がない限り拒否は出来ない。
ただ嫌なだけ...そんな私個人の感情で断るなんて無理だ。

「はぁぁ.....分かりました。」
「本当に大変だと思うけど、あなたはガッツがあるから大丈夫よ、信じてるから頑張ってね、牧ちゃん。」
にこやかに笑う女性の前で深く項垂れたつくし。
その時、背後から怒鳴り声が聞こえてきた。

「おい、牧野!!何やってるんだ!!」
「え、あ、はい!!」
「遅れるぞ、ボヤボヤするな!!」
「はい、すみません!!じゃ、失礼します佐々木副所長!!」

つくしは慌ててお辞儀をするとフロアーの外に向かて走り出す。
そんな彼女の後姿を見送りながらショートカットの女性は深く息を吐いた。



「英語が堪能で二十代、身長は160センチ、黒髪で化粧っ気のない、そして依頼主を聞いて速攻断ってくる......こんな条件に合うの女性って、あなたしかいないでしょう?」


世界有数の大企業、道明寺ホールディングス。
本日付で日本支社長に就任。


「道明寺司.....いったい何を考えているのかしら....]






私の勤める会社の本社はアメリカにある。
日本にもたくさんの警備会社があるが、警護人に本格的な教育を課す会社は皆無だ。
その点、私が就職先に選んだ会社は実戦に就くまでには最低でも二年の訓練を積む。
武術はもちろん、語学や機械操作、極めつけは爆弾処理の基本までびっしりカリキュラムに組み込まれる。
当然脱落者も多い、最後まで残る人間は半数にも満たないのだ。
それゆえ業界一の信頼を誇っている。

私は大学の経済学部を卒業した。
周りからは普通の会社に就職して、ごく普通のOL生活を送るものだと思われていただろう。
まあ自分でもそう思っていたけど.....就職活動は暗礁に乗り上げてしまった。
結構有名な国立大学卒、成績も上位、教授の推薦もある。
だけど納得できる就職先は見付からない。
あの日も、会社の面接に手ごたえを感じないままボーっと私バス停でバスを待っていた。

『きゃぁぁぁ、ど、泥棒!!』

女性の叫び声にハッと顔を上げる。
すると、地面に尻餅をついた若い女性と自転車にまたがる男の姿が見えた。
男の手には女性物のバックがあり、倒れた女性はしきりにそのバックを指差し叫んでいる。
一瞬でスリだと分かり、気付けば私は自転車の前方に立ちはだかっていた。
『どけ!!』
スリの男が叫ぶ。
『フッ・・』
私は鼻で笑った。
そして次の瞬間、得意の回し蹴りで自転車を蹴り倒し、男を地面に叩き伏せていた。
ああ.....パンツスーツでよかった。
『は、離せ!!』
『離すか!!』
大勢の人が見守る中、男と格闘すること数分、一人の女性がスリ捕獲劇にピリュードを打つ。
『大人しくしなさい!!』
そう叫び、男のみぞおちに一撃を食らわせたショートカットの美人。
その女性は慣れた手つきで気を失った男の両手を縛り、満面の笑みで私に視線を向ける。
何故だか急に恥ずかしくなった私は慌てて口を開いた。
『あ、ありがとうございます。』
『ううん、あなたこそ大丈夫?』
『はい、平気です。』
つくしは立ち上がりスーツの埃を払う、そして落ちたカバンを拾い上げた。
『あ...携帯。』
ベンチの前に落ちた携帯電話。
拾い上げると、つくしはガラス表面を指で触れた。
『あ、割れちゃたんですね、すみません、弁償させてください。』
その女性の言葉に、つくしは首を横に振った。

「気にしないで下さい、古い携帯で、そろそろ買い替えようと思ってたとこなんです。」


嘘じゃない。
本当に携帯は捨てるつもりだった。
鳴らない携帯なんて持ってても意味がない。

そう、この携帯はあいつ専用。
あいつが渡米前に私に残していったものだ。
それが鳴らなくなったのは、いつ頃からだろう。
壊れてスッキリした、むしろお礼を言いたいくらいだった。

「じゃあ、あたしはこれで。」

そう言って立ち去ろうとした時だった。

「ねえ、あなた警護人になる気はない?」

芸能事務所のスカウト張りに名刺を差し出され、目を丸くした私。
そんな私の様子を気にする素振りもなく、威勢の良い声が響いた。

「あなたの身のこなしは素晴らしいわ、警護人、まあ世間一般で言えばSPね、分かるでしょう?その仕事にぴったり、でも心配しないで、私達は警察の組織じゃないから資格はいらないの。民間の警備会社、でもセ〇ムやア〇〇ックとはまた違うのよ、勘違いしないでね、いわゆる政府関係者以外の要人の警護専門の会社。分かる?それから私の会社の本部はアメリカにあってね、訓練は本格的よ、それなりに厳しいから脱落者も多いわ、あ、あなたの名前聞いていい?」

道端で延々と長い説明をされた。
ただただ茫然と聞いていた私だったが、心の憂さが晴れたような気がしたのは、意気揚々と話し続けるこの女性の勢いに押されたせいだろうか。
なんかピンときた。
就活では感じなかったワクワク感?

そうだ、衝動的に動くのは良くないけど、たまには直感で決めてしまうのもいいかもしれない。
そう思い立った私は信じられない言葉を口にしていた。


「ぜひ詳しい話を聞かせてください。」





「はあ、はあ、はぁ、はぁ.....」

太陽が昇った。
四月だというのに夏のように暑い。
いよいよだ。
いよいよ今日から。

「つくしちゃん、早いね。」
「はぁ...おはようございます。」

玄関の前で屈んで息を整える。
毎日の日課だ。

「つくしちゃん、今日からだったね。」
「はい!」
「ははは、張り切ってるね、朝食出来てるから、着替えたら食べにおいで。」
「ありがとうございます。」

おばさんに礼を言った後、私は汗をタオルで拭いながら部屋に向かった。
そして、すぐにシャワーに向かう。
この寮で一番気に入っているのは浴室。
寮にありがちな狭さはなく、ゆったりと足を延ばせる浴槽。
少し高めに設置されたシャワーブース。
さすが拠点をアメリカに置く会社の寮だ。

「ふう....」

熱いシャワーを全身に浴び、大きく息を吐く。
緊張で昨夜はよく眠れなかった。
だが寝不足で「業務」に就く訳にはいかない。
日課のランニングで身体に活を入れ眠気を吹き飛ばす。

「しっかりしろ、つくし!!」

頬をパンと叩き気合を入れた。

「さあ、いこう!」


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「おはよう牧野、早いな。」
「おはようございます!」
「おいおい、張り切りすぎてコケるなよ。」
「大丈夫です!」
食堂で朝食を食べていると、次々と人が入って来た。
ここには東に男子寮、西に女子寮、そして二棟の真ん中に食堂の建物がある。
食堂だけは男女の共有スペースだった。
「相変わらずよく食うな。」
一人の男がつくしの隣に座った。
「へへへ、たくさん食べて元気に働く、それがあたしの座右の銘ですから。」
「おまえは関取か?」
「田中先輩だって人のこと言えないじゃないですか。」
と言いながら、山盛りのご飯に視線を向ける。
「昨夜まともに食ってねぇんだ、おまえも覚悟しておけよ、この仕事は想像以上に甘くないぞ。」
「はあ...」
つくしは最後のご飯をゴクリと呑み込んだ。

部屋に戻ると真新しいスーツに袖を通す。
そして背中まで伸びた真っすぐな黒髪を一つにまとめる。
日焼け止めのファンデーションを薄く塗って、仕上げはピンクのリップ。
メイクは五分もあれば十分。
「ふふふ、桜子が見たら卒倒するね。」
無意識に出た懐かしい友達の名前。
もう、どれくらい会っていないだろう。
高校を卒業して、しばらくは頻繁に会っていた。
だが互いに忙しくなってくると、連絡をするのを躊躇うようになり、そうこうしているうちに携帯が壊れ。

『すみません、弁償させてください。』
『いえ、いいんです。』


思えば、あれがこの仕事に就くきっかけになった。

「つくし、支度できた?」
扉の隙間から、ショートカットの美女が顔を覗かせる。
「はい、今行きます!」
この寮に入ってから何かと気遣てくれる一つ上の先輩だ。
と言っても、男子寮は満室だが、現在女子寮に住んでいるのは三人。
私の選んだ仕事はそれほど女性が少ない。

『ねえ、あなた.........になる気はない?』

あの言葉が人生の転機。
私は天職を見つけた。



牧野つくし、24歳。

職業、身辺警護。

通称.........ボディーガード。



「う..さすがに寒いな...」
「ああ。」

総二郎と俺は牧野のマンションのベランダに並んでタバコに火を着けた。
大人二人並ぶのがやっとの狭いベランダの背景は真冬の北風、満天の星空。
BGMは部屋の中から聞こえてくる笑い声。
俺達の日常では考えられない背景だが、不思議と居心地がいいのはなぜだろう。

「ところでよぉ...」
俺は空を見上げながら呟く。
「ああ、なんだ?」
同じく空を仰ぐ総二郎。
「あいつらって、どうなったんだ?」
「あいつら?」
「牧野と司と類だよ。」
「さあね...司と類の気持ちははっきりしてるが牧野は迷ってるんじゃないか?」
「迷う?」
思わず俺は総二郎の顔を見た。
「牧野は今でも司が好きなんだろう?なら..」
「だからって素直に司の胸に飛び込めないんだよ、牧野らしいな。」
「何でだ..まさか?!」
「ああ、牧野は類の存在を無視できないのさ。」
「じゃあ、類とか?」
「ばか、そう簡単に決められないから迷ってるのさ、あいつは。」

二人は湯気で曇る窓を見た。
黒髪が行ったり来たりしているのが見える。

「焦れってえな...」
「まあ、放っておけよ、時間はかかるかもしれないが牧野はきっと自分が納得する答えを出すさ、その答えに司と類が納得するかは別だがな。」
「おいおい、また騒ぎになるのか?俺は御免だぞ。」
「もうガキじゃないんだ、俺達が口出すことじゃないだろう?」
「まあな....」
そう言うと、俺は白い息を吐きながらもう一度煙草に口を付けた。


「わぁぁぁ、滋さんの旦那様、イケメンで凄く優しそう。10歳年上?」
「そうそう、ダーリンは大人で私の一番の理解者なの。」
「滋さんの理解者って、ある意味特殊じゃありません?」
「桜子、それどういう意味よ?!」
「貴重だってことです、とにかくおめでとうございます。」
「へへへ、ありがとう。」
久しぶりに顔を合わせた三人はグラスを合わせた。

「ところで、夏美ちゃんと真鍋君ってつくしのSPだったんでしょう?」
滋に突然話を振られ、二人は互いの顔を見合わせる。
「僕はこのままSPとして牧野様を守って行くつもりです。」
「ちょっと、ナベちゃん、様付けなんてやめてよ。」
つくしは慌てて真鍋の話を遮った。
「ですが...」
「SPなんて冗談じゃない、友達としてなら大歓迎だけど、だめかなぁ?」
「それは私の意志では決められません、司様に...」
「だから敬語やめてってば、それに折角医大に入ったのに医者になりたくないの?」
「いいえ、ただ天職ではないと思います。」
「じゃあ.....しばらくは我慢する、でも大学を卒業するまでにして。」
つくしの瞳が少しだけ涙に濡れた。
大学までと言うのは最大限の譲歩だ。
本心はSPなんていらない。
庶民の私に変でしょう?
道明寺だから?
それだって今は関係ない。
三年前私達は別れた、どんな事情があるにせよ、それが事実だ。

「つくし、それも僕の意志では何とも言えないよ、ただ卒業する頃には今と違った状況になってるかもしれない、だからそれまでは君を護らせて欲しい、友達として、駄目かな?」
「友達として?」
「うん、友達がたまたまSPだった...って考えてみてくれないかな?」
つくしは大きく目を見開き、そして嬉しそうに笑った。
「分かった、じゃあ友達としてよろしく、大学も頑張ろうね、ナベちゃん。」
「僕の方こそよろしく、つくし。」

二人の様子を嬉しそうに見つめる夏美。
「あたしは入院していた時に辞めました、もうハードな動きは無理なので。」
「ごめんね、夏美..」
「やだ、謝らないでよ、つくし。」
「でも...」
いくら仕事とはいえ自分を庇って大怪我をしたのだ、つくしとしては感謝なんて言葉では言い表せない。
「それを言ったら滋ちゃんだって、つくしに謝っても謝り切れないよ、本当にごめんね、つくし。」
「滋さん、もうやめてください、あたし滋さんを恨んでなんかいませんから。」
結局、滋さんのお父さんは会長職を退いた。
つくしが追及することを拒んだせいもあるが、事故の真相は曖昧なまま。
運転していた男もとうとう口を割ることはなく確たる証拠もない。
何より彼女は滋との関係を壊したくなかった。

会長自身も反省の色が濃く、役員として残り会社の経営に携わることも辞退したらしい。
いくら大株主でも、その他大勢にそっぽを向かれては流石に経営云々という訳にはいかないし、信頼を回復するには長い時間が掛かるだろう。
その間に会社が傾けば、もっと責任が重くのしかかるのは必然。

また、今回のことが大事にならなかった背景には滋さんのお母さんの力が強く関係している。
今後は滋さんのお父さんの代わりに会社の代表を務めるらしい。
「ママはパパと結婚した時点で経営から退いたけど、もともとはバリバリのキャリアウーマンなの、逆にパパの時より会社は安定してるくらい。」
「へぇぇ、じゃあ鉄の女が二人になったわけね。」
「そっか...鉄の女が二人...なんか怖っ....」

一瞬、部屋の中が凍り付いたのは気のせい?

「まあまあ、その話は置いといて、つくしはどうなの?」
「どうって?」
つくしはグラスに口を付けたまま首を傾げる。
「司と花沢類、どっちを選ぶつもり?」
「ぶっ...!」
思いっきりジュースを噴いた。
「大丈夫、つくし。」
「ゲホッ、ゲホッ...ごめん、平気、滋さん、突然何を言いだすの?」
つくしは横目で類をチラリと見た。
既に酔ったのだろうか、類はソファーに寝転び静かな寝息を立てている。
「実は私も気になって..先輩どうなんです?」
「さ、桜子まで、どうって言われても....」
「今でも司が好きなんでしょう?」
「たぶん...」
「じゃあ司を選ぶってこと?」
「選ぶって、そんな資格あたしにはないよ。」
「資格って、道明寺さんは先輩だけなんですよ、滋さんとの婚約だって結局は先輩を護るためだったんだし、あれこれ考えてないで自分の気持ちに正直になってみたらどうですか?」
桜子が一気に捲し立てるが、つくしは首を縦には降らない。

「自分の気持ちに正直になってるから、あいつの元には行けない。」


「え、じゃあ花沢さんを?!」
桜子は咄嗟に手を口に当て、類が目を覚ましたのではと恐る恐る彼の顔を覗き見る。
だが類は変わらず気持ちよさそうな寝息を立てていた。

「あたしなりに真剣に考えたけど、やっぱり道明寺が好き、でもあいつのことを考えれば考えるほど、どうしても花沢類のことが頭に浮かんで、真っすぐ道明寺の顔が見られそうになくて、なんか気持ちがすっきりしないと言うか....ああ、あたしったら何言ってんだろ、とにかく.....」

「とにかく?」

「考えないことにした。」

「「はあ?!」」
滋と桜子の声が重なる。

「だって、考えたって答えが出ないもの。」
ニコニコと笑うつくしを見て、桜子と滋は頭を抱えた。

「とにかく今は大学卒業と医師国家試験の合格、それが第一目標、恋に時間を割く暇はなんてあるはずがない、ね、夏美?」
「まあ.....」
同意を求められても困る……それが彼女の正直な気持ちだろう。

「ははは、つくしらしい.....」
呆れるやら関心するやら...

「よし、こうなったら今夜はとことん飲もう!!」
「あら、西門さんと美作さんは?」
「お酒足りる?」
「あの二人に買いに行かせよう。」
「だめだめ、途中でナンパして帰ってこないから。」
「おい、それって俺達のことか?」
身体を丸めて寒そうに部屋に戻って来たあきらと総二郎。

「でも、いくら二人でもこの夜中にここからコンビニまでの間にナンパって、無理でしょう?」
「ははは、さすがにね。」
つくしの言葉に頷く桜子と滋。

「はっ...俺達をナメんなよ、秒だ秒、楽勝だな。」


「げ、さすが破廉恥男!」
「公共の害以外の何ものでもありませんわね。」
「.......サルだわ。」

「「おい!!」」

「ぎゃはははは!」


「あ、見て、雪が降り出したよ。」
「積もりそう。」
「明日、雪合戦しない?」
「ガキかよ!」
「いいじゃんガキで、やろうやろう雪合戦!」





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真っ暗な空から舞い落ちる白い綿毛。
その時、類の口角が微かに上がったことに気付く者はいなかった。







○●○●○●○●○○●○●○●○●○○●○●○●○●○





最後までお付き合いくださり、ありがとうございました(⌒-⌒)
Delayed Cinderella、一部終了となります。もちろん続きはありますよ♪
二部に移る前に違うお話を書きますので、そちらも楽しんでくださいね



















いつもの日常が戻った頃には事故から一か月が経っていた。
あたしは相変わらず大学とバイトを往復する日々。
あ、少し変わったことがある。
夏美はSPを辞めた。
事故の複雑骨折の後遺症で、日常生活には支障がないが護衛の仕事は無理だと彼女自身が判断したのだが。
「本当にいいの?」
「うん、なんかスッキリした感じ、せっかく医学部に通ってるんだもん、これからは医者になるために頑張る、それに田舎の両親にも内緒だったんだ、SPだって。」
「え、じゃあ実家が東北の田舎て話は本当だったの?」
「あたしの家や家族のことは全部本当の話だよ。」
「そうなんだ....」
てっきり、私に近付くための嘘かと....
「やだ、つくしったらドラマの見過ぎ。」
「ははは、そうだね。」

その時、玄関のチャイムが鳴った。
「あ、来た!」
二人はそろって玄関に走り、そして競うように玄関のドアノブを掴む。
「わっ、なんだ?!」
勢いよく開いた扉を前に呆然とする青年。
「ナベちゃん、待ってたよぉぉ~」
女性二人に満面の笑顔で出迎えられればたじろぐのも当然。
「二人とも元気だなぁぁ...」
「元気、元気、元気すぎてお腹ペコペコ、早く鍋しようよ~」
「そうそう、ナベちゃん、今夜は鍋パーティーだよ、熱々鍋がまってるよぉ~ん」
「おい、なべなべ連呼するな!!」
「えぇぇぇ、ナベちゃん鍋嫌いなの?」
「いや...鍋は好きだけど。」
「きゃははは、やっぱりナベちゃんは鍋が好きなんだ。」
「だから、なべなべ言うなって!」
「ナベちゃんが、鍋で怒ってる~」
「ああ、もういいよ、早く鍋食べようぜ。」
「おお!!鍋に突撃だ!!」




背景背景198




その頃、ニューヨークでは司が苦々しい顔で携帯を手にしていた。

「くそっ、楽しそうじゃねぇか....」

『ははは、鍋に肉まん入れたの誰だよ?』
『やだ、これってキュウリ?まず..』
『ねえねえ、アボカドはいけるかも。』
『きゃはは、つくしの味覚変になってる。』

司の携帯に送られてきた動画。
送り主は当然。
「真鍋の野郎...仕事忘れてねぇだろうな....」
険しい表情で、だけど口元を緩めながら動画に魅入っている司。
その司の隣には無表情の男がひとり。
「忘れていないからこそ、動画を送ってくるのでは?司様こそここが何処だかお忘れでは?」
「チッ...忘れてねぇよ....おまえも相変わらずだな、西田。」
「恐れ入ります、人はそう簡単には変われませんので、司様、携帯はお預かりいたします。」
「そうか、俺は変われると思うぞ。」
そう言うと、司は名残惜しそうに携帯を秘書の手に渡した。
「ほう...どなたが変わったのでしょうか?」
司はネクタイに手を掛けた。
「俺だ。」

もう昔の俺じゃねぇ。
苛立ちを暴力で紛らわしていたガキの俺。
相手を傷つけて憂さを晴らしていた道明寺司はもういない。
今の俺には希望と目標がある。
道明寺って巨大な会社を何があっても潰されないだけのな大大企業に育てる。
そして牧野と結婚してガキをたくさん産んで、大大大家族を作る。
「産むのは司様ではありません、それ以前に牧野様との結婚は可能性が低いかと。」
「はあ?!な、なんでだよ?!」
「牧野様はプロポーズをOKされましたか?」
「.......してねぇ。」
「問題外です。」
「なんでだよ?!俺は結婚するって言ったらするんだ!!」
「司様は全く変わっておりませんね。」
「おい、西田!!」
「お時間です。」
秘書の西田はメガネの縁を上げ司の横に並んだ。
目の前には巨大な扉。

「このパーティーが済んだら日本支社長就任でございます。」
「分かってる、やっと日本に帰れるんだ、これがニューヨークでの最後のパーティーになるからな、失敗はしねぇよ。」

司様は春から道明寺ホールディングス日本支社支社長に就任される。
株主総会に出されるはずだった楓社長の代表取締役解任案は司様自身が撤回された。
楓社長は甚くガッカリされていたが....それが息子に会社を任せたいという心情からなのか、長年の激務から解放されたいという願いからなのかは定かではない。

だが、いずれ道明寺財閥はこの司様が背負われる。
この若者の采配で更に巨大な企業になるだろう。
『司を頼みます。』
楓社長のたっての希望で、私は司様付きの秘書に再任。
次代の総帥のサポート、これからはこれが私の仕事だ。
おそらく昔の彼だったら、いくら社長の頼みでも私は引き受けはしなかっただろう。
だが今は「この若者に人生を懸けるのも悪くない...」そう思える。




「司様、また動画が送られてまいりました。」
「おい、見せろ!!」


『道明寺、ハッピーバースデー!!お誕生日おめでとう!!』

”おめでとう”のフリップを掲げて満面の笑みで笑う牧野。
たったそれだけのことなのに顔がニヤけて仕方がねぇ....
だが..

『ねえ牧野、これ何?』

牧野の背後に見覚えのある栗色の髪が揺れていた。

「類?!てめぇ、そこで何してやがる!!」

『なんか、司の声聞こえるんだけど...』
不思議そうに携帯を覗き込む姿を見て、ますます俺の焦りが加速する。
「類!おまえ、何でそこに居る?!」
『なんでって...お腹空いたから牧野の家でご飯食べてる。』
「はぁ?!ふざけんじゃねぇぇ!!」
『うるさいなぁぁ、司は....』
『そうそう、あんな馬鹿はほっときなさいよ。』
今度は聞き覚えのある女の声。
「滋?!てめぇも何でそこに居る?!」
『だ・か・ら、皆で鍋パーティーしてるんだって、ねえ?』
『イェーイ!!』
いつの間にか画面には見覚えのある顔ばかり並び。

「桜子?あきら?総二郎まで?!てめぇら、何してやがる!!」

『鍋パーティー!!イェーイ!!』
はあ?!全員でハモってやがる。
「ふざけんな!!」
『あははは、怒ってるせ、あいつ。』
『司、誕生日おめでとう~』
『こっちも楽しむから、お前もパーティー楽しめよ。』
「おい!!」

「司様、お時間です。」
西田の無機質な声。
怒りのボルテージは最高値を示していたが、牧野の次の言葉で俺の機嫌は一気に回復した。

『道明寺も日本に帰ってきたら鍋しようね。』

「お、おぅ....」

「司様、そろそろ。」
「ああ、分かってる。」
俺は最後に牧野の笑顔を目に焼き付け、携帯を西田に預けた。
うんざりするようなパーティーも、今日は嫌じゃねぇ。
この扉の向こうには俺の未来がある、そう思えば自然と笑える。
その先の未来にはきっと牧野がいる、いや絶対にあいつを捕まえる!!
俺の長所は諦めが悪いことだ。
俺は絶対にあいつを諦めねぇ、必ずこの手に取り戻す!

牧野.....覚悟しとけよ....


重い扉がゆっくり開く。

「会場の皆様、本日の主役の登場です!!」





背景218







俺は......希望に満ちた未来に一歩足を踏み入れた。






end

















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